掌編に満たない小説のカケラ。あるいはワンシーン。
僕は缶コーヒーとペットボトルのお茶を手に、美術館を出た。
僕は缶コーヒーとペットボトルのお茶を手に、美術館を出た。なんか不思議な形をしたオブジェとか噴水とかが配置されているのを横目に、僕は進む。改めて考えてみても、美術館と自分はまったく似つかわしくなくて笑えてくる。まったく縁のない場所のひとつだっ...
来週の予定を確認しようとスマートフォンを取り出した時、
来週の予定を確認しようとスマートフォンを取り出した時、今日の日付の並びにふと目が止まった。初恋の人の誕生日だ。いまだに覚えている自分に、思わず苦笑いをする。初恋といっても、幼稚園とか小学校とかの話ではない。自分が本当の意味で恋をしたのは、中...
自分の気持ちが可視化される病気にかかった。
自分の気持ちが可視化される病気にかかった。感情の増幅によって、霧状のものが体から噴出してしまう。色や温度、量は私の感情によって変わっていく。ちなみに治療法も特にはない。気づけば治っている人もいるし、ずっと治らない人もいる。「まあ、汗みたいな...
大学を卒業して、就職して、結婚した。
大学を卒業して、就職して、結婚した。それが普通だと思っていたから、そうした。いつからだろう。妻との会話が減っていた。私が遅く帰ってきても出迎えてくれなくなった。今では本当にただの同居人という感じだ。金曜の夜、大学時代の友人たちと飲みに行った...
「千尋はさ、どんな能力が欲しい?」
「千尋はさ、どんな能力が欲しい?」そう声をかけられた千尋は、読んでいた漫画から顔を上げた。放課後、千尋の家で二人は漫画を読んでいた。千尋は自分のベッドに横になりながら、葵はベッドに背をもたせかけながら。二人が読んでいるのは、超能力を持つファ...
古めかしい喫茶店で、僕はココアをすすりながら、
古めかしい喫茶店で、僕はココアをすすりながら、対面している女性をちらちらと盗み見る。頭にぴったりとフィットした帽子、黒くてウェーブがかかっている髪、白い肌に映える赤い口紅、かっちりした素材のワンピースは女性らしい曲線を描いて彼女の体を包んで...
自我の中に入ってから、どれくらいが経っただろうか。
自我の中に入ってから、どれくらいが経っただろうか。意識が途切れることもあったため、時間の感覚がひどくあやふやだった。(深く……深く……)さまざまなことが頭をよぎる。家族のこと、学校のこと、通学路の景色、部活の練習のこと……取り留めもないこと...
その子は、頭の先から爪の先にいたるまで飾り付けることに熱心だった。
その子は、頭の先から爪の先にいたるまで飾り付けることに熱心だった。他人はそんなところまで見ないよ、というところまでも、彼女は徹底していた。あまりにも熱心すぎる彼女を心配する気持ちから、一度彼女に言ったことがある。「どうしてそんなに美に意識を...
平日のジャズバーには人はまばらだった。
平日のジャズバーには人はまばらだった。私は、ジャズバーはおろかバー自体も初めてでドキドキしていたが、なんてことない、という風に振る舞っていた。ほんの30分前までは友人と居酒屋で飲んでいた。そんな中友人が唐突に「バーとかオシャレだから行ってみ...
「ルィ、ちょっと休憩しようよ」
「ルィ、ちょっと休憩しようよ」サンタナは近くの木に寄りかかりながら、自分の前方を飛んでいる、小さな妖精に提案した。「さっきも休憩したばかりじゃないですか」キラキラと光を輝かせながら、ルィはサンタナの前まで飛んできて、顔を覗き込んだ。ルィの全...