「逃げようとしても無駄だよ。私の糸は、決して解けない」
蜘蛛はそう言った。なるほど、手を動かそうとしても、がんじがらめにされた糸がギシギシと音を立てるだけで、拘束が緩まる気配はない。
「僕を食べるのか」
蜘蛛は捕食した後、捕食者の体に毒を注入する。すると内臓がドロドロに解けてしまい、そうしてゆっくり食らうのだと。いつどこで仕入れた知識かもわからないが、そんなことが頭をよぎった。
自分の内臓が溶ける。僕自身、内臓など見たことがない。果たして僕のこの身体の中には、人体模型のように綺麗に内臓が詰まっているのだろうか。開いてみたら、人とは全然違うものが詰まっているかもしれない。
僕は、自分の体の中が全て液体になる様を想像してみた。ぶよぶよと波打つ皮膚、自らじゃ形を規定できない塊。それがかろうじて、蜘蛛の糸に絡みとられた手と足で、宙に浮いている。おぞましい光景だと思った。
「食べないよ」
一瞬、誰が発した言葉かわからず、僕は蜘蛛の方を見る。八つの目が静かに光っているが、目が合っているのかどうか僕にはわからない。
「食べない」
蜘蛛は繰り返した。