教室は嫌な空気に包まれていた。田中くんの机の中に、ゴミが詰め込まれていて、それを誰がやったのか、という議題で緊急学級会が開かれているからだ。
「それじゃあ、みんな机に伏せてください」
担任の古川先生が、教壇に両手をついて少し前のめりになりながらみんなに呼びかける。その隣では、田中くんがうつむいて、気をつけの姿勢でじっとしている。
「やった人は、正直に手をあげてください。今ここで正直に言ってくれれば、他の誰にも言いません。怒りもしません。先生は、誰がやったのかだけを知りたいの」
古川先生はしゃがみこむと、「それでいいわね?」と田中くんに話しかけた。田中くんは一度顔を上げ古川先生の顔を見て、またうつむいた。(少なくとも僕には、納得しているようには見えなかった)
古川先生は満足そうに頷いて、また教壇の前に立った。
「それじゃあ、田中くんも目をつぶって。みんな、机に伏せて……」
「先生」
突然、声が上がった。僕は声のした左側に顔を向けた。僕の二つ左隣、神田くんが、顔の横あたりで挙手している。僕はあんまりジロジロ見るのも失礼かと思って、顔を少し正面に戻す。
「神田くん、何かしら」
「それ、低学年の頃もよくやりましたけど、手をあげるとき衣擦れの音とかで、顔伏せてても結構誰が上げたかわかっちゃうんですよね。そんな中であげようとする勇気のあるやついませんよ」
確かに、僕はこの方式がとられるたびに、しんと静まり返った教室で、聴覚だけが異様に敏感になっていたことを思い出す。そうか、あれは誰も上げていなかったからあんなに静かだったのか。
「それに、先生が犯人わかったところで、何になるんですか? それでハイおしまい、今度から二度としないようにで、おさまりますか? それじゃあ田中くんが、あんまりじゃないですか」
僕は視線を前に戻した。古川先生は、ぎこちない微笑みを浮かべていた。田中くんは顔を上げて、泣き出しそうな顔で神田くんを見つめていた。