見知らぬ男について行ってカフェに入ったのは、その男がマーシャの名前を口にしたからだった。その名前を聞いた瞬間、 僕の心が一気に逆立つのがわかった。僕が世界で唯一許すことができない女だ。
僕は改めて、目の前の男を盗み見る。ワイシャツは新品ではないが、きちんと手入れが行き届いていて、男にしっかり馴染んでいる。自分と同年代だと思うが、上に立つものの風格を感じる。男は沈黙を苦にもせず、コーヒーカップに口をつけた。
「あの、一体、話って……」
折れたのは、僕の方だった。
「私たちは、本来だったら関わり合わなかったと思います」
ソーサーにカップを置く音が鳴る。
「ただ、こういう言葉がある」
スッと、僕の方に上体を傾ける。
「敵の敵は、味方」
男の青い瞳と目が合った。
「私たちは、深く、理解し合えると思わないか?」
僕の心に、炎のような揺らめきが起きたのを感じた。