「自分は普通とは違うって、言い訳をして逃げているだけだろう。社会に適応できないからって」
男は銀色のライター(とは言っても、100円かそこらだろう)でタバコに火をつけた。今時電子タバコじゃないのも珍しい。
「逃げないことが悪とは思いません。いじめを苦にして自殺したり、過労死したりするのを善だと言いますか」
「また極端な例を出すねえ」
格下を相手にしているという体を崩さずに、男は笑った。とんとんと灰を地面に落とす。廃墟ビルのコンクリートの上に落ちたそれは、砂ぼこりと混じって見分けがつかなくなった。
「君の場合はさ、挑むのが怖いだけだよ。人と接するのが怖いだけ。本当に傷ついたこともないくせに。勝手に決めつけて、想像だけで泣いている」
いろいろと反論したい言葉が吹き出しそうになったが、僕はそれをやり過ごした。例えば彼と言い合って論破したところで、ただ僕が気持ちよくなるだけだ。
そんな労力を使うくらいなら、受け流したほうが得策だということを僕は知っているので、「そうですか」とだけ返した。
男はしばらく僕を観察していたようだが、ため息のようにタバコの煙を盛大に吐き出すと、つまらなそうにタバコを落とした。
「そういうところだよ」
男は革靴で、タバコを踏み消した。
タバコの火を消す良心がこの男に備わっていたことが、僕はなんだかおかしくてたまらなかった。