「たったワンシーンで良かった」
茹だるほどの暑さの公園のベンチで僕らは二人並んで腰掛けていた。耳鳴りするほど蝉が鳴いている。
「あの人と過ごした時間は穏やかで幸せだった。でもね、映画とか小説とかに出てきそうな、鮮烈に残るシーンがあったら良かったのになって時々思うの。あの人を思い出すときに、まずぱっと浮かぶような、そんなシーン」
「今は、ぱっとどんなことを思い出すんですか?」
彼女は無言になった。横顔を盗み見ると、微動だにせずに正面を見据えていた。しばらくそうしていたあと、彼女は顔を伏せた。長い髪が垂れて、彼女の顔が見れなくなった。彼女が喋り出す様子はなかった。
「今、僕ら、こうやって並んで座っているじゃないですか」
僕は正面に視線を移した。多くの人々が道を行き交う。母親や小さな子ども、仕事回り中のスーツ姿の人、大学生らしき人。
「ごくごく普通の、平凡な、平日の午後の公園です。劇的な要素なんて、これっぽちもありませんが」
誰も僕らのことなんか気にも留めていない。誰の中にも存在しない僕らは、本当になんてことはない存在なのだろう。
「今の僕らを正面からカメラで撮ったら、それはそれで、良いワンシーンになると思いますよ」
しばらくの無言の後、彼女はふふっと小さく笑った。
「こんな、うんざりするような夏なのに? それも、何も特別じゃ無い」
「劇的では無いかもしれませんが。僕はどちらかというと、そういう静かな映画の方が好みです」
言ってから、僕の好みなんてどうでも良かったなと思って、ちょっと後悔した。
彼女は立ち上がった。
「小道具、追加しようか」
「小道具?」
「アイス食べたくなっちゃった」
「映画的にはジェラートかかき氷が良いかと」
「ううん。コンビニのアイスが、無性に食べたいの」
行こう、と彼女が促したので、僕は立ち上がった。