私は満足げに、彼の絵を見ていた。彼は〈ドローイング〉の接続機器を頭から外し、そうして絵を見た。
「どう? あなたのイメージしていた通りに描けているでしょう?」
〈ドローイング〉は、脳内のイメージを描き起こしてくれる画期的な発明で、我が社が今一番力を入れている肝煎りの商品だ。今日は画家である彼に来てもらい、その性能面のテストを行なっている。
〈ドローイング〉の10本の腕から伸びた筆の前に設置されたキャンパスには、広い草原に白いワンピースを来た女性が佇んで、遠くを見つめている光景が描き出されていた。
私は芸術に明るくないが、遠く広がりを感じる構図も良いと思うし、見ているだけでもいろんな想像力が掻き立てられる。良い絵だということはわかった。
彼は立ち上がり、絵に近づいた。
「うん。僕が思い描いた通りの絵だ」
その言葉に、私は舞踊りたいくらい嬉しくなった。
本業の画家のお墨付きをいただいたのだ。かなりの精度を誇っていると言っていいだろう。
私が喜びを噛み締めていると、彼がぽつりと呟いた。
「ただ……苦しみも、喜びも、無い」
言葉の意味がわからず質問を探しているうちに、さらに彼は続ける。
「僕は絵を描き始める時、抑えきれない衝動にかられて筆をとります。描かなければと思うんです。描いているうちに、苦しくなってくる。描きたいものが表現できない。自分の行為自体に疑問を持って、筆を折ってしまいたくなることもある。それでも、絵の具を重ねる」
「……ですから、この〈ドローイング〉は、その苦労をせずに、しかも時間も大幅に短縮して描き上げることができるんです。より合理的に創作活動ができますし、多くの作品を仕上げられますから収入面でも……」
「違う」
そう言うが早いか、彼は〈ドローイング〉の10本の腕から筆を抜き取り、絵に色を加え始めた。私は驚き短い声をあげてしまった。
「やめてください! 実験の結果は後日提出することになっていて……」
彼に近寄り肩を掴んだが、振り払われてバランスを崩し尻餅をついてしまう。すぐに立ち上がろうとしたが、彼の猫背の後ろ姿に得体の知れない力強さを感じて、動くことができなかった。
「創作は、こんなもんじゃない」
彼が小さくつぶやく声が、聞こえた。
そして私は、目の当たりにした。
絵に命が吹きこまれていく、その様を。