平日のジャズバーには人はまばらだった。

平日のジャズバーには人はまばらだった。私は、ジャズバーはおろかバー自体も初めてでドキドキしていたが、なんてことない、という風に振る舞っていた。

ほんの30分前までは友人と居酒屋で飲んでいた。そんな中友人が唐突に「バーとかオシャレだから行ってみたい!」と言い出した。
友人は早速スマートフォンで検索しだした。店情報をいくつか見た友人は「ジャズバーとか大人過ぎでやばくない?」と言い出した。完全にイメージだけで決めたみたいだ。

そうして今、私たちは初めてジャズバーなるとこに来てみたわけである。

大きな店ではなく、二十人も客が入れば満杯という感じだ。
壁際に申し訳程度にステージがあり、その片隅にピアノが置かれていた。ピアノが置いてあるだけで、なんだかオシャレである。

カウンター席とテーブル席があった。どうして良いのかわからずにいると、友人は「二名です~」と、カウンター内にいるマスターらしき人に声をかけてくれた。

マスターは落ち着いた声で「お好きな席にどうぞ」と言ってくれた。
スマートな大人な雰囲気に内心大興奮だったが、私も大人ぶって小さくうなづいて、目線だけでお礼を伝えた。
私たちは入り口近くの隅っこのテーブル席に座った。

「演奏とかないのかな?」
「時間と曜日が決まってるのかも」

友人と肩を寄せ合って、秘密の会議をするみたいにヒソヒソと話す。いたずらをしているような背徳感と酔いも手伝って、私たちは楽しくてしょうがなくて、くすくすと笑い合っていた。


1杯目のドリンクを飲んでいると、カウンターに寄りかかっていた男性がステージの上に上がった。私と友人は顔を見合わせて、目を輝かせた。
30代くらいの、ちょっと影がある感じの人。もし同じ会社にいたら、私はあまり積極的に話しかけないタイプかな、と思った。

ちょっとした挨拶もなしに、その人はピアノの前に腰掛け、3拍ほど置いてピアノを弾き始めた。その人の見た目のイメージ通りの、しっとり暗めの曲だった。

私と友人はしばしその音を聴きながら、グラスを傾けた。

「なんか、生演奏聴きながら飲むの、いいね」

ね、と私は返事をしたが、意識はステージ上に釘付けだった。

(なぜかわからないけど……とっても悲しそう)

男性は、無表情でピアノを弾いている。それなのに私は、彼がとても悲しそうで、ほって置けないような気持ちになっていた。


何曲か弾いた後、彼は立ち上がりピアノの横でおじぎをした。店内からまばらな拍手が起きたので、私たちも拍手を添えた。そうして彼は平然とした調子でまたカウンターに戻っていた。

友人が不意に立ち上がった。「お手洗いかな?」と思っていると、彼女は私の横にきて、そっと耳打ちした。

「ね、あの人に話しかけに行こうよ」

私は驚き、彼女の方を見た。彼女は楽しげな笑顔を浮かべていた。

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